2026-01-28
自分の人生を、誰かに語ったことがありますか。
一蓮托笑のことを、少しだけ話させてください。
あなたは、
自分の人生を、ちゃんと振り返ったのはいつですか。
思い出せますか。
忙しかった日々。
必死で走ってきた年月。
「立ち止まる余裕なんてなかった」時間。
あなたは、
自分の人生を、誰かに語ったことがありますか。
一蓮托笑(いちれんたくしょう)は、
写真展です。
けれど、
ただ写真を飾るための場所ではありません。
ここに写っているのは、
成功した人でも、
特別な肩書きを持つ人でもありません。
多くは、
昭和という同じ時代に生まれ、
かつて痛みを抱えながら、
それでも今日まで生きてきた、
50歳以上の働く女性たちです。
ある参加者の方は、言いました。
「自分の人生を、人前で語るなんて考えられなかったですよ。一蓮托笑がなければ、こんな体験をすることはなかったです。」
そんな風におっしゃったけれど、
話し始めると、少し涙を浮かべながら、
当時の想いを振り返り、
それでも、話終わった時は笑顔でした。
これまで、
自分でさえ、ちゃんと見てこなかった自分と
向き合われた瞬間だったような、
そんな気がしました。
一蓮托笑は、
「撮る」ための場ではありません。
思い出すための場です。
忘れてきたこと。
置いてきた感情。
飲み込んできた言葉。
それらが、
ゆっくり、ほどけていく場所。
なぜ、私はこれを続けているのか
答えは、とてもシンプルです。
私たちは、
生きることに必死になるあまり、
自分自身との関係を、後回しにしてしまうことがあるから。
一蓮托笑に集う女性たちは、
みな、特別です。
ここまで生き抜いてきたことは
すごいことです。
うまくいかなかったこと。
傷ついたこと。
選び直したこと。
それらすべてが、
その人の「人生の厚み」です。
写真に写る笑顔は、
奇跡のように見えるかもしれません。
でも、あれは偶然ではありません。
奇跡の一枚、でもありません。
積み重ねてきた人生が、
そのまま滲み出ているだけです。
私は、
心から、その姿が美しい、と思うんです。
一蓮托笑は、
誰かに見せるための舞台であると同時に、
自分が自分に還る場所でもあります。
「私、色々あったけど、生きてきた」
そう思えたとき、
人は、少しだけ背筋が伸びます。
そして、
明日を生きる力を、取り戻します。
初めての福岡開催では、
会場で50人の物語を読みながら
時折、涙を流す来場者がいました。
理由は、
展示されている誰かの人生が、
自分の人生と静かに重なったから。
一蓮托笑は、
誰か一人のためのものではありません。
ここにある物語は、
あなた自身の物語でもあるのです。
蓮の花は、
泥の中からしか、咲きません。
だからこそ、美しい。
一蓮托笑。それは、
人生の泥をくぐってきた人が持つ、笑顔のこと。
もし、
あなたが今、少し疲れているなら
もし、
「私の人生、これでよかったのかな」と
心の奥でつぶやいているなら
どうか、
ここに来てください。
あなたの人生は、
まだ、語られていません。
そして
語られる価値が確かにあります。
今日を、肯定するために。
明日を、生き直すために。
一蓮托笑は、
がんばってきた女性たちが
少しでも誇りを取り戻せる、
そんな場でありたいと願っています。
一蓮托笑2026東京
2026.4.7-12
銀座アートホール|東京都中央区銀座8丁目110
主催 清水貴子

